ブログネタ:学生時代の一番の思い出 参加中
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雪が降り止みません。
こういう日は、ひたすら画面に文字を表示させるのみ。
c(`・ω´・ c)っ≡つ アタトワ!アタトワ!!
今日もエリーに引っかかってしまいました。
なんかもう、一線を越えてワタクシ大好きだよこの人。笑
絶対内容の文面で抗議のブログとかメールとかくると思われるのに、さっぱり気にしている様子がないよ。
あえてそれに耐えているのなら神がかり的な一般人だし、気にしてないなら心が広いし。
多分、後者なんだろうけどね!IラブELLY。笑
なんか、最近炎上とか流行ってるから気にしつつも、(゚ε゚)キニシナイ!!って感じが大事なのかと。
だって、炎上回避ばかりしてたら何にも書けないもんねぇ。しかし、自爆は避けたいねぇ。
ちゃんと考えて、考えて、書いた結果が炎上なら仕方ないよねぇ。覚悟の上だもの。
炎上させる方に原因があるっちゃーありますが、最近放火犯が多いみたいだからね。それはイヤだね。
話は逸れましたが、今日は例のエリーたん出題の
『学生時代の一番の思い出』
一番の思い出てー。難しいねー。
小学校6年、中学校3年、高校3年、大学4年
トータル16年学生だったから、人生の6割学生のわけだよ。いまのところ。(27年間で)
最近は大学院とかもあるから、プラス2年すると7割!
大学再入学する人もいるだろうから、プラス4年で7割半!
てことは、人生の8割学生ということだから、
自分、まだまだ勉強中の身で…
イコール
まだ、学生で
いいんじゃないか!?
ド━(゚Д゚)━ン!!
(´Д`)ハァ…
こういうの、モラトリアムっていうんだよね。
でも、学生時間トータル16年の中だと
ワタクシ基本的に…
友達できる
↓
調子に乗る
↓
仲間はずれになる
↓
ひねる&開き直る
↓
タフになる(性格悪くなる)
↓
心の広い人が友達になる
↓
心の清い数人の友人に惜しまれつつ転校
↓
転校先で友達ゼロスタート
↓
友達作る(転校慣れしているので基本1日でそこそこ仲良くなれる)
↓
友達できる
・
・
・
(一番最初に戻ると永遠に楽しめます)
このループが3年周期で幼稚園から中学2年まで繰り返されていたからね。
当然、幼馴染など存在するはずもなく。しかも、もう記憶が薄まり始めた…。
(*´д`*)アハァ
やっぱり、とんでもなく面白かったのは高校3年のときのクラスですかね。
ワタクシはクラスでは「はぐれ刑事純情派」だったので、主導権を握って楽しかったとかではなく、
とんでもねークラスだったなぁ。と。
高校3年と言えば、進学のためのクラスですよ。公立高校だったので、3年になって進路別にクラス分けするわけです。受験の必要教科別に分けるので、当然学力が偏ります。
一応、地域ではそこそこ進学校なんですけど、あまりに校風が自由すぎて(制服がダサすぎるので、うるさく言えないという説あり)
「あそこに入ったら、バカになる!」
という親御さんの意見もあったそうで、多少無理をして一つ上の高校を受験したり、それが難しい場合は一つ下の高校を受験する場合もあるとかないとか。
ワタクシ、当時大学進学する気がなかったので、
「理数系のないクラスにしよーっと♪」と、
バカ全開で選んだところ、
同じような考えでそのクラスに群がる
学校中のお勉強したくない生徒の群れ。笑
校内屈指の不思議ちゃんたちが集まりまして、
毎日、毎時間
パーティーのようでした…。
・昼休みにピザの出前が教室まで来る
→「オレにも分けてくれ」と、先生も現れた。
・ラーメンは入り口で止められてしまうらしく、職員室預かりになっていた(らしい)
→ラーメン屋さんはきちんと正門から入ってきたそうです。
・ギャルちゃん(うちのクラス)とギャルおくん(隣のクラス)が、毎日ビバリーヒルズ青春白書ばりのドラマを見せてくれる。
→高校生は顔を赤らめるような下ネタ的ケンカも日常茶飯事。
・授業中に「言いたいこともいえないこんな世の中だ~♪」と、小声で誰かが歌いだすと、8割が「ポイズーン♪」と、歌い返す。
→GTOが流行ってから3年は経過しています。
・卒業アルバムの写真撮影日に「良い写真が撮れますように!」と、お祓いをする(“幣”は半紙と箒で自作)
→神式でした。
・勉強以外にかける情熱がハンパなく、球技大会夏総合優勝、学校祭総合優勝(うちの高校はなぜかやたら行事に順位がつきます)
→優勝商品はジュースとポテチを一人1セットずつ。
・学校祭の歌合戦では白熱しすぎて、運営側から苦情が来る。
→机と椅子のバリケードに対してモッシュで対抗する若き精鋭たち。
・常にソックタッチ(当時、ルーズソックス全盛期でしたね)はスティックのり、アイライナーはマッキーペンのギャルちゃんがいた
→お肌が心配です。
まだまだあったような気もしますが、
すべて「7組だから仕方ない」の免罪符が出ていました。
ワタクシはふつーのふつーの子でしたので、その辺の人たちとは日常会話しかしませんでしたが、
本当に大学に入れてよかったなぁと思います。
今はどうなんでしょう。先生たちも個性的な人が多くて、生徒としては非常に楽しめる学校でしたが。